メンタルヘルス

私たち発達障害者は不幸なのか

発達障害は脳の機能の障害とされており、今のところ治ることはないと言われています。

つまり大多数の定型発達の人からすると当たり前にできることが私たちには難しく、それが原因で最悪の場合社会から孤立してしまうこともあるでしょう。

本題に入りますが、このような生きづらさを抱えている私たちは不幸なのでしょうか?

結論:発達障害は不幸じゃない

私の持論ですが、発達障害=不幸ではないと言い切れます。

発達障害であることで嫌なことを体験した人は多いでしょう。

そもそも定型発達の人だけでなく発達障害の人が一定数存在するのには理由があります。

発達障害者と言うのは昔でいう狩猟民族の末裔と言う説があります。

私たち人間は人によって得意なことが違います。

遠い先祖の発達障害とされている人たちは狩りが得意でした。

しかし現代社会に移り変わるに連れて私たちの生活スタイルは大きく変わってきます。

今はより複雑で多様な作業を求められる社会になっています。

定型発達の人はこれらの作業をこなせるのですが、発達障害の方にとっては苦手分野になってしまいます。

昔は発達障害でも活躍できる場があった、そのため発達障害者は今でも一定数存在しています。

時代が複雑化した結果、その一定数の発達障害者は生きづらさを抱えていると言うワケです。

定型発達と発達障害者を対立させるのは意味がない

私は定型発達の人を発達障害の人が「私たちを社会から摘み出した憎き人物」と見做してしまうことが一番怖いと思っています。

健常者VS障害者の構図は私たちが主に活動するネットの場では頻繁に見られますが、これは本当に良くないです。

私たちが定型発達の方を憎んだところで社会は良くなりません。

私たちにできることはこの生きづらさを認めてそれでもなんとか生き残る、そのために定型の人たちとも上手く助け合うことだと思います。

発達障害男性VS発達障害女性と言う最悪の対立構図

また、発達障害の男女格差と言うべき現象も現れています。

発達障害の男性は社会に馴染みにくくそれを救ってくれる異性のパートナーなど現れないが、発達障害の女性は救ってくれる異性のパートナーの存在がいることが多いとされています。

これは発達障害や鬱のエッセイにも登場し、発達障害男女のパートナー格差問題とも言われています。

このようなエッセイに登場する理解のあるパートナーの存在を持つことが難しいとされている男性発達障害者はこの描写に対して嫌悪感を抱く人も少なくないそうです。

これは発達障害界隈というよりも現代社会の構図の問題だと思います。

日本でも男女平等が進めばもしかしたら女性が稼ぎ男性が家事をすると言う家庭もおかしくないことになってくるかもしれません。

状況が違えど当事者同志で対立していたら何も生まれません。

パートナーの有無を問わずとも私たちは生きづらさを抱えています。

お互い助け合って生きていきたいですね。

発達障害に対して寛容な社会になりつつある

今では発達障害の理解が進み、発達障害に対しても寛容な社会になりつつあります。

例えば、2018年4月より大企業の障害者採用法定雇用率に、発達障害を含む精神障害がカウントされることになり、これにより障害者枠であれば就職することができる発達障害の方も増えています。

正社員雇用は難しいと思われますが、仕事があるのとないのとでは余裕が随分違ってくるでしょう。

また各都道府県には発達障害支援センターがあり、無料で相談することができます。(要予約)

発達障害を疑っている、発達障害で悩んでいるという方は是非利用してみてください。

私も何度か利用させていただいております。

 

発達障害を抱えている人の中には友達がおらず孤独感を抱えている人もいるかもしれません。

二次障害もひどい場合は希死念慮も抱えている人もいるでしょう。

厚生労働省が自殺者対策として電話相談できる機関をまとめています。

 
まとめ

・私たちは生きづらい、それを認めることで少しずつ生きやすくなる

・一人で抱え込まないように、社会との繋がりを断たない

・誰とでも助け合って生きていこう

 

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